ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

黒い司法 0%からの奇跡

2020-02-29 20:47:15 | か行

人の心を動かす、実にいい映画!

 

「黒い司法」78点★★★★

 

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1986年。米アラバマ州で木材所を営む

ウォルター・マクミリアン(ジェイミー・フォクス)は

仕事から帰る途中、いきなり逮捕される。

 

地元で女子大生が殺害された事件の

犯人にされたのだ。

 

まったく身に覚えがないウォルターだが

あっという間に死刑判決が決まってしまう。

それは

「白人女性を黒人が殺した」としてケリをつけたい保安官、

さらにはそこに同調する世間の恐ろしい空気が、招いた結果でもあった。

 

おなじころ

1988年、ハーバード・ロースクールを出た

弁護士ブライアン(マイケル・B・ジョーダン)は

リッチな将来には目もくれず、

特に人種差別激しい南部で

えん罪などに苦しむ人々のために力になりたいと、アラバマにやってくる。

 

そしてブライアンは、死刑囚監房にいるウォルターに出会い

彼の無実を晴らそうと考えるのだが――?!

 

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いや~これはいい映画でした。

 

1988年、死刑判決を受けた黒人男性の無実を晴らそうと

不可能とされた闘いに挑んだ

実在弁護士の物語。

 

てか、1988年って、つい最近ですよ?

こんな素晴らしい人物がいたことを、

知らなかったことに、驚いた。

 

人種差別根強い、南部アラバマで

無実の罪で死刑になろうとしているウォルター。

 

彼の無実を証明しようと奔走する

若き弁護士ブライアン。

 

 

法廷モノはハラハラで大好きだけど

これほどに「いや、これはムリじゃね?」と思わされる案件も珍しい。

 

たいした証拠もなく捕まったウォルターだけに

無実を証言できる要素はあって

最初は、そんなに大変ではないように感じるんです。

が、そこに想像を絶する壁が立ちはだかる。

 

ウソをついて、ウォルターを犯人にした保安官たち、

そして「黒人を犯人にしてしまえ」と加担した権力側は

なんとしてでも、そのウソを突き通す必要があり

もう手段を選ばないんですわ。

 

証拠は消され、

真実を語ろうとした者は職を奪われ、

あろうことか逮捕されたりもする。

 

ブライアンをサポートするアシスタント(ブリー・ラーソン)をはじめ

協力者は脅迫される。

 

真実の光が見えた!かと思えば、

忖度があり、絶望に突き落とされるんです。

 

 

さすがにこれはダメか――と観客も虚脱するはず。

 

でも、ブライアンは諦めないんです。

えらい。えらすぎる。

「正義を貫くには、理想だけではだめだ、強い信念と希望が必要なのだ」と

邪悪なウソを突き続ける巨大権力に立ち向かうその姿、

まさに、いまの日本に突きつけたい!

 

凜とまっすぐな正義を体現した

弁護士ブライアン役のマイケル・B・ジョーダンは

2009年に黒人青年が警官に殺された事件を基にした

「フルートベール駅で」(13年)(超・良作!)の主演の彼です。

 

うお、ますますイケメンになった、と思いつつ

奇しくもこの作品と、つながってるテーマであるところにも

感銘を受けました。

現代も、闘いは続いているのだ。

 

★2/28(金)から全国で公開。

「黒い司法 0%からの奇跡」公式サイト

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レ・ミゼラブル

2020-02-28 23:00:00 | ら行

あの「レミゼ」とは違います。

本年度のカンヌであの「パラサイト 半地下の家族」と争った作品。

必見す。

 

「レ・ミゼラブル」79点★★★★

 

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かつて、ビクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」の舞台となった

パリ郊外の街モンフェルメイユ。

 

いまはアフリカ系移民が多く住み、

ギャングのにらみ合いや犯罪が多発する

危険地帯と化していた。

 

この街に新しく赴任してきた警官スティファン(ダミアン・ボナール)は

まるでアフリカのような青空市場が建ち並ぶ様子を目にし、

パトロール初日から、さまざまな洗礼を受ける。

 

そんななかでスティファンと、ベテラン相棒たちは

街の少年がサーカスのライオンの子を盗んだ事件に出くわす。

 

ささいないたずらに思えたそれは

思いもかけない事態へと発展していき――?!

 

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これは、マジでえぐられるなあ・・・・・・!

 

タイトルのレミゼが、やや紛らわしいのが難点かなと思ったけれど

なぜ、そのタイトルなのかの意味もちゃんとわかるし

なにより

見たあとに、世界が確実に変わって見える。

こういう映画に出会うことは、本当に貴重です。

 

 

舞台は、かつて「レ・ミゼラブル」に描かれ、

いまはアフリカ系移民が多く住む、パリ郊外モンフェルメイユ。

その街に新しく赴任してきた警官スティファンと、子どもたちのある一日が描かれる。

 

映画は主に

スティファンの目線で描かれるので

観客は彼と一緒に

「え?パリ近くにこんな場所があるの?

「え?どういうルールで回ってるんですか、ここ?

と驚きながら、話に入っていけるんですね。

 

監督のラジ・リ氏は、実際にこの地区の出身で

この場所にずっとカメラを向け続けてきたそう

 

ほぼたった1日の出来事を

緊迫とスリルを保ちつつ、一筆で描ききった

その技の見事さは、驚嘆に値します!

 

ライオンの子を盗むという

些細に思えるいたずら一つにも深い意味がある。

 

盗んだ子たちの属するイスラム社会ではライオンは強さの象徴で、

飼いならされるものではないけれど、

一方で、ライオンの子をサーカスで飼育する

ロマ(ジプシー)にとっては生活の糧であり

息子同様の存在。

 

しかもロマの人々は、アフリカ系移民からは「下」に見られ

差別されているんですね・・・・・・

 

 

さまざまな宗教、文化を背景にする人々が混濁する場所の

複雑さ、共存の難しさを感じながら

 

観客は

その事情を気にしつつ、なんとか場を納めようとする

警官スティファンと、同僚たちに多少なりとも感情移入していくと思う。

しかし、彼らは、そこである事態を引き起こしてしまうんですね。

 

ラスト近くには、一瞬

「ここで終わればきれいなのに・・・・・・」的な瞬間が訪れるんですが

そこを監督は、ズサッと斬る。

緊迫と怒涛の終わり方は、

この街を、この現実を知る監督だからこその、きつい平手打ちに感じました。

「そんな、きれいなもんじゃねえんだぞ」という。

 

 

そして

おなじみ「AERA」の「いま観るシネマ」でラジ・リ監督に

インタビューさせていただきました。

 

本当に、これすべて実話、なんだそう。

え?あれも?と驚くワシに、監督は証拠写真を見せてくれたりもして(笑)。

 

地域が国が、世界が抱える問題に対して

行動も起こしていると聞き、感嘆しました。

 

インタビューは「AERA」3/2発売号に掲載されると思いますので

映画と合わせて、ぜひ!

 

★2/28(金)新宿武蔵野館、Bunamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。

「レ・ミゼラブル」公式サイト

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ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像

2020-02-27 23:54:57 | ら行

コレ、おすすめ!

なだけに、ちょっとわかりにくい邦題が惜しい!(苦笑)

 

「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」76点★★★★

 

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フィンランドの首都ヘルシンキで

長年、小さな美術店を営んできた

老美術商オラヴィ(ヘイッキ・ノウシアイネン)。

 

しかし最近は絵画もネットで売買される時代。

経営もかんばしくなく、そろそろ店を畳もうかと思っていた。

 

そんなとき、オラヴィは近所のオークションハウスでの下見会で

一枚の肖像画に目を奪われる。

 

サインがなく、出どころもわからないその絵は

隅に追いやられていたが

オラヴィは長年のカンで

「埋もれた名作かもしれない」と調査をはじめる。

 

だが、そんなとき疎遠だった娘から

問題児の孫(アモス・ブロテルス)を預かることになり――?!

 

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オークションや美術商が題材の映画って

大抵おもしろいんですよ。

ミステリー度高いし、ドキドキワクワク。

パッと思いつくのは

「鑑定士と顔のない依頼人」(13年)とかね。

 

 

で、本作はまず、北欧フィンランド発、という

舞台設定も興味深い。

 

ヘルシンキの街の、それこそ"半地下”のような空間にある小さな美術店。

外を走るトラムの光と、店の暗闇、

この光と影の使い方がうまくて、

これだけで何かが起こりそうなスリルを感じる。

 

店主である老美術商オラヴィは

ネット販売に押され、そろそろ店を畳もうかと思っている。

しかしそんなある日、彼は一枚の絵画に魅了されるんですね。

 

それと同時にオラヴィは、ある理由から疎遠だった娘の息子、つまり孫を

職業体験で預からねばならなくなる。

肖像画の来歴を調べるのに精一杯なのに―ー!

 

 

しかし、この孫が

"いまどきの若者”に見えて、意外に商才があるんですわ(笑)。

で、オラヴィも「あれ?コイツ、使える?」となり、

孫の助けを借りながら、絵の来歴を調べていく。

 

そして二人は、この絵がロシアの有名画家

レーピンのものではないか?と検討をつけていく――という展開。

 

この祖父と孫のバディがおもしろく

そこに、名画を競り落とせるか?のオークションのスリルが重なっていくんです。

 

しかし、もし、これを競り落とせたとしても

「バンザイ!」で、物語は終わらない。

そこがミソ。

 

この話が包むのは

たとえ美や芸術に関わる仕事でも

お人好しでは生き残れない「資本主義社会」の厳しさ、

 

我が子を顧みなかった父親の後悔、

親子の確執――

 

それらが深みを持って描かれるのが

二重に三重に、おもしろいんですね。

 

 

主人公が美術館で孫に見せる絵画があって

老人と幼女が手を繋ぐ

フィンランドの画家ヒューゴ・シンベリの

「Old Man and Child」という作品なのですが

 

この絵が、実に象徴的。

 

去りゆくものは、次世代になにかを遺す。

それこそが、世代を超えて継がれゆく「美術品」の価値を表す

暗喩なのかも、と思いました。

 

タイトルの「ラスト・ディール」は

最後の大勝負、賭け、という意味合い。

 

うーん、もうちょっと「名画の謎」的な

ワクワクを煽る邦題でもよかったのではないかな~と思ったのですが

じゃあつけてみろ!と言われると難しいもんですね(笑)。

 

★2/28(金)からヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開。

「ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像」公式サイト

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娘は戦場で生まれた

2020-02-26 22:03:49 | ま行

アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞ノミネート。

見るべき映画!胸がつぶれそうだ。

 

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「娘は戦場で生まれた」76点★★★★

 

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死者数が数十万人にのぼるとされ

第二次大戦後最悪の人道危機といわれるシリア内戦。

 

そのシリア・アレッポで2012年からカメラを回し、

結婚&出産をしたワアド・アルカティーブ監督が

自身とその周辺を記録し、

英ドキュメンタリスト、エドワード・ワッツと共同して創り上げた

渾身のドキュメンタリーです。

 

圧倒的な現実の生々しさを持ちながら、

抑制のきいた画の選び方で、心に刺さる詩情を伴い

紡ぎ上げた、すごい作品。

 

アカデミー賞を受賞した

Netflixの「アメリカン・ファクトリー」もいいテーマだったけど

刺さる度は断然、こっちが強いなあとワシは思う。

 

 

そもそものはじまりは

2011年、アラブの春に触発され

シリアのアレッポで始まった打倒アサド政権を求める民主的なデモ。

当時アレッポ大の女子学生だったワアド監督は

2012年から、このデモにカメラを回しはじめる。

 

そのうちに彼女は

人道的活動をする1人の医師と恋に落ち、結婚、妊娠する。

だが、幸せな日々と平行して、情勢はどんどん悪化してゆく。

 

さっきまで一緒に笑っていた仲間が死ぬ。

さっきまで目の前にいた、幼い弟が死ぬ。

 

「こんなときに、あなたを産んでいいの?」――

自問しながらも、監督は娘を出産し、

カメラを回し続けるのです。

 

シリアの現状を伝える映画は

「シリア・モナムール」(16年)

「ラッカは静かに虐殺されている」(18年)

「ラジオ・コバニ」(18年)

など、このブログでも多く紹介してきたけれど

この映画は改めてそのややこしい現場が、どういう経緯を経てこうなったのか、

そこで何が起こっているかを、わからせてくれた。

 

 

カメラが捉える現実に、目を背けたくなるけれど、

そこには微妙な抑制、絶妙なさじ加減で効いてもいて

その線引きが見事なんです。

「多くの人に観てもらうべきだ」という想いを感じました。

 

 

なぜ

ワアド監督や医師である夫が危険を犯してアレッポにとどまるのか。

その理由も、2012年の状況から追うことで明確になっている。

 

彼らは逃げるわけには行かないのだ。

正義のためにはじめた戦いを、支える一人として。

犠牲になった仲間たちのために。

 

そして2020年の現在、監督がどうなったのか。

その部分も含めて、続く問題を考えることが

大事なのだと思います。

 

★2/29(土)からシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。

「娘は戦場で生まれた」公式サイト

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ミッドサマー

2020-02-22 14:08:56 | ま行

「いや〜な感じ」がもう!(笑)

 

「ミッドサマー」70点★★★★

 

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アメリカに暮らす大学生ダニー(フローレンス・ピュー)は

あるとき、大きな悲劇に見舞われる。

 

彼氏(ジャック・レイナー)は献身的にダニーを支えるが

微妙な共依存にある二人の関係は

あまり良好ではなかった。

 

そんなとき、ダニーは彼氏が

交換留学生ペレ(ヴィルヘルム・ブロングレン)の故郷である

北欧スウェーデンの夏至(ミッドサマー)祝祭に行くことを知る。

 

人類学や民間伝承を卒論のテーマにする計画でもあるらしいが

ダニーはそんな彼らにくっついていくことに。

 

スウェーデンに到着したダニーたちは

ペレが育った小さな共同体へと招かれる。

そこは美しい景色と、花々の咲き乱れる

楽園のような場所だったが――?!

 

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「ヘレディタリー/継承」のアリ・アスター監督による

晴天”フェスティバル”スリラー。

 

白昼、美しい青空のもとで起こる悪夢・・・?!っていうだけで

「なんだなんだ」と興味を引きますよねえ。

うまいなあと、思う。

 

まず序盤、アメリカに暮らす

ヒロイン・ダニーに降りかかる悲劇が、不穏さをもって描かれる。

 

で、ダニーは、彼氏とその友人と

北欧のあるコミューンの夏至祭に行くことに。

 

そこは白夜の明るい光に照らされ、花々は咲き乱れる楽園で

人々は笑顔で、優しく、清らか。

そんななかで、惨劇が起こっていくんですね。

 

「ヘレディタリー」もそうだったけど

アリ監督は既存の裏をかく斬新さと、

意外なほどにベーシックな古典のミックスが持ち味なんだと思う。

 

今回は、実際にあった民間風習や伝承を相当に研究したそうで

晴天のもとでの惨劇、という状況は斬新。

そしてそこでは、おおよそ「ああ、こうなるだろうなあ」というスリラーが

ゆるやか~に展開される。

 

逃げればいいのに!的な状況ながら

ダニーをはじめ友人たちは抗うことができず、

呑まれるまま。

 

ただ、そこには序盤で描かれるダニーの心の傷が

たしかに関係していて、その伏線は強かった。

 

相手の不安や悲しみに共鳴し、そこに入り込むのが

よくも悪くもカルトですからねえ。

 

善意や清潔さの裏にある不気味をこれでもか、と書き込み

壮大な舞台装置をもって「いや〜な感じ」をビルドした、

監督の情熱は相当だと思う。

 

どんな人なんだろう?と思ったら

まあ、びっくり!ということで

「AERA」で取材させていただいた記事が

AERAdotにもアップされていますので

ぜひご一読ください~!

 

そして、主演のフローレンス・ピューは要チェック!

「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」でも

非常に印象的でした。

 

★2/21(金)から全国で公開。

「ミッドサマー」公式サイト

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